【コラム】「なぐる愛」はあるのか

親が子をなぐる。兄が弟をなぐる。夫が妻をなぐる。先生が生徒をなぐる。監督が選手をなぐる。上司が部下をなぐる。と、この国には、実に多くの「なぐる」があります。これらは「体罰」と言って、なぐるほうは「愛」ゆえにそうするのだそうです。なぐる愛はなぐられた人に「伝わる」でしょうか。それは、伝わるのです。ただし、愛が伝わるのではありません。なぐる行為が伝わるのです。

毎日のようになぐられると人はどうなるか。愛でいっぱいに満たされた人になるでしょうか。ならないのです。代わりに「怒り」でいっぱいの人になります。しかし、この怒りは本人が自覚できないことが多い。なぜなら、なぐられ続けることで痛みに慣れてしまうからです。自分の痛みに慣れた人は、他人の痛みにも鈍感になります。そうしていざ自分が強者になると、弱い他人をなぐるようになります。なぐられることで人が学ぶのは「なぐる権利」です。強い人は、弱い人をなぐる権利がある。正しい人は、間違っている人をなぐる権利がある。そう思い込むのです。

ある親が子をなぐって育てたとします。親は、人として正しく育ってもらいたいからなぐった、と言うでしょう。子供は判断力が十分ではありませんから、これは一見正しいように見えるかもしれません。それでは、その親が年老いたとします。老いによって判断力を失うとします。そのとき、子は「愛ゆえに」老いた親をなぐるべきでしょうか。どこかへふらふらと徘徊しないように、なぐって危険を覚えさせるべきでしょうか。なぐるのが愛で、正しいのなら、当然そうすべきでしょう。

なぐることが愛ならば、愛された人はすべてなぐられているはずです。ところで、僕の身近にいるもっとも非暴力的な人、なぐったりなぐられたりとはおよそ縁のない人は妻です。彼女は、親になぐられたことがない、と言います。だから、人が人をなぐることが「信じられない」のだそうです。彼女は生家との結びつきがとても強い。生家がトラブルに見舞われると、みんなで心配し合い、助け合おうとする。長年、彼女とつき合っていくなかで、はからずも僕はじぶんの心の奥底に「怒り」が満ちていることに気づきました。それが、誰に由来するのかも。

ところで、ある犯罪者にとって一番重い罰とはなんでしょう。死刑、という人が多いのではないでしょうか。しかし、僕は違う見方をします。犯罪者にとって一番重い罰は「悔恨」なのです。それでは、人を悔恨させられるものとは何でしょう。量刑でしょうか。しかし、僕から見れば、量刑というのは「なぐる」力加減にすぎません。なぐる行為に愛がないのと同様に、量刑にも愛はありません。だから、多くの犯罪者は改悛しないのです。

悔恨は、誰かに愛されることでしか生まれない。と、僕は考えます。その愛とは、もちろん「なぐる」とは無縁の愛です。どんな場面であっても「なぐる」というのはただの暴力で、それ以上に意味深なことなどひとつもありません。人をなぐる心には、積もり積もった怒りと、それを抑えられない衝動があるばかりなのです。僕はときに、どうしたら戦争をなくせるか、というようなことを考えますが、ひょっとしたら、世界中のすべての親が子をなぐらなくなれば戦争はなくなるのではないか、と思うのです。あなたが、あなたの子をなぐならければ、と。

【コラム】戦争は永久機関か

あなたは、お父さんの遺伝子を50%、お母さんの遺伝子を50%持っています。さらに言えば、父方のおじいちゃんの遺伝子を25%、父方のおばあちゃんの遺伝子を25%、母方のおじいちゃんの遺伝子を25%、母方のおばあちゃんの遺伝子を25%持っています。ひいおじいちゃんともなれば、あなたと共通する遺伝子は12.5%しかありません。逆に言えば、ひいおじいちゃんは遺伝的に87.5%も他人なのです。あなたが2000年生まれとします。そのとき、あなたのお父さんのお父さんのそのまたお父さん…と父方をずっとさかのぼっていけば、おそらく明治時代を越えた辺りで、父方のご先祖さまとあなたはもう99%以上、遺伝的に他人です。血筋、というのはこんなにも「伝わりにくく」できているのです。

人類というのは、長くこの事実を知らなかったので、祖先の歴史を掘り返しては自分のことのように怒って戦争をしてきたし、いまもしている国があるのです。これはとても愚かなことです。これでは、戦争は永久機関のようになってしまいます。実際の永久機関のように実現が不可能ならいいのですが、戦争はいくらでも実現できるわけです。じぶんの悪意を正当化するために、悪意のあるリーダーを選ぶこと。それだけで、戦争の下準備は完了したようなものです。

戦争を避けるにはどうしたらいいのか。それこそ永遠に葬り去るには、どうしたら? 僕はこんなふうに考えています。遺伝子レベルが12.5%以下になった祖先の怨恨については不問にし、国の対立に利用しない、というような国際条約ができればいい、と。どこで歴史にきりをつけるか、という根拠を遺伝子レベルに求めるわけです。あなたが祖先のしたことに影響を受けるのは、おじいちゃんレベルまで。ひいおじいちゃんがどんなに悪行をしたとしても、遺伝子レベルは12.5%。まして、人の行いは遺伝子のみで決まるわけではありません。むしろ、環境の影響のほうがはるかに強いのです。こうして国の過去の全体責任から、現在の国を解放していけばいい。逆に、現在の国は、未来に対して「孫の代までの責任」がある。一代限りの悪事ではすまされないぞ、というわけです。

それと同時に、私たちは歴史についてやはり学ばなければいけない。そのときに、過去に共鳴しないことが重要になるのです。遺伝子レベルの感覚をもつことが、それを助けます。過去を現在の価値観でまぶしく照らしてみて、自国であっても他国であっても、批判的に見るのがいい。そうでなければ、いつまでたっても古びた価値観が亡霊のようによみがえるでしょう。歴史は立派である必要はありません。人間のしてきたことですから、当然失敗だらけなのです。失敗を隠してしまうと、人という種はいつまでも同じ場所でつまづくことになります。

ところで、日本は「周辺国に友達がいない」と、諸外国に冷笑されているそうです。そこで、ひとつ提案を思いつきました。「箸文化圏」という仲良しグループをアジアに作ったらどうでしょうか。これは、経済や政治などの関与のない、民間による文化の「つながり」です。私たちは、箸でつながっている。箸による架け橋、というわけです。2つに割れている、のではなく、2つで協働するのです。アジアの料理はどこも素晴らしい。みんなで食欲を刺激し合って、おいしく平和を味わいたいものです。

【コラム】あなたとは、あなたのことです

あなたとは、あなたのことです。

当たり前ですか? しかし、あなたとはあなたのことではない、と考える人がいるのです。あなたとは、誰かのものだ、と考える人が。

その誰かとは、人ではなく抽象的な存在、たとえば「国」だったりするのです。国を人のように見立てるわけです。あなたがあなたのものではなく、国のものであるとき、あなたに自由はありません。国は、あなたからあなたを奪って、別の誰かに作り替えようとします。別の誰かとは、国に都合のいい人です。国は自分自身がてんでばらばらにならないように、みんな同じような顔をしたコピー人間を作りたいのです。国が嫌うのは、個性です。あなたがあなたらしくしていると、つまみ出したくてうずうずするのです。

お庭に花が咲いているとします。花はほとんど白ですが、いくつか違う色が混ざっている。みんな白だったらいいのにな、と考える人がいるでしょう。違う色が混ざっているほうが面白いな、と考える人もいるでしょうね。みんな白のほうがいい、という人が多いときに、違う色の花を抜いてしまうとします。お庭は白い花ばかりになります。そこに例えば、白い花を好む虫たちが集まってきます。虫たちは花をぜんぶ食べてしまい、花はみんな枯れてなくなってしまう、ということが起こります。もしも違う色の花が残っていたら、虫たちはそれを食べ残して、花はまた増え、そのなかには白い花だって混ざっているかもしれません。

ところで、もしもそこが野原なら、すべての花を白にしようと考える人はいないでしょう。国というのは、つまりお庭のようなものなのです。お庭だから、誰かの意図で、花はそろえられたり、引き抜かれようとされるのです。だから、そこに咲く花たちは「誰か」がみんなをだめにしてしまわないよう、見張らなければならないのです。わたしとは、わたしのことです、と言わなければいけないのです。

あなたとあなたの好きな人が結婚を決めたとします。そのとき、国はこう言うのです。あなたは鈴木さんで、あなたの好きな人は佐藤さんですね。結婚したら、鈴木さんが佐藤さんになるか、佐藤さんが鈴木さんになるかどちらかでないといけません、と。これは、あなたが名前を捨てるか、あなたの好きな人が名前を捨てるか、という選択です。なぜ国はこんないじわるをしたいのか。それは国が、家庭というのは国と同じように「誰か」の管理する「お庭」でなくてはならない、と考えているからなのです。白い花と青い花を、それがいくら相性がよくても、どちらかひとつの色にしたがるのです。

こういうことが、日本という国ではとても多い。僕が中学生だったときには、男子はみんな坊主頭でした。学校は「お庭」で、生徒はみんな白い花でなくてはいけない、と考える人がいたからです。しかし、当たり前ですが、子供だって人はいろいろなのです。このきれいに刈りそろえられた「お庭」に、僕らを滅ぼす虫はやってきたでしょうか? いえ、虫はやってこないので、僕ら自身が「虫」になりました。僕らはとことん反抗し、ひたいの生え際をよけいに剃ったり、学生服をだぶだぶにしたり、タバコを吸ったり、窓ガラスをこわして回ったり、弱い先生をなぐったりしたのです。それが、昭和という時代でした。

あなたとは、あなたのことなのです。子供だって、あなたはあなたではない、と言われたら怒るのです。国はどうあるべきか、を私たちが考える時には、できるだけ「あなたがあなたであること」を損なわないよう気をつけなければならない。それは「お庭」にできるだけいろんな種類の花を咲かせようとする、ということです。そしてそのほうが、国は健康でいられるのです。

墜落の時

 爆発音と共に、不意に機体が大きく揺れた。
 一人の男がとりすました顔つきで小さなケースを開け、拳銃を取り出した。そして、何が起こったのかを知ってる、唯一の人間らしく、躊躇なく自らの側頭に向けて引き金を引いた。
 爆発音と発砲音、そして窓に飛び散った血とくずおれた男。それらが何を意味するのか、隣席の男はすぐに理解した。墜落までの恐怖を、このテロリストは手品のように消し去ってみせたのだ。
 拳銃は彼の手に握られたままだった。
 隣席の男はその指を開いて拳銃を奪うと、優秀な学習者のように先人の行為を繰り返した。
 二度の銃声で、乗客の多くが今起こっている事態が不可避なのだと悟った。飛行機が上下に激しく揺れ始め、拳銃が二人目の自殺者の手から落ちて、床を滑っていった。
 それに、乗客は殺到した。拳銃は小さく、もう幾らも弾が残っていないのは明らかだった。

©新貝直人

弟と自転車

 その自転車は、弟が八歳のときに誕生日プレゼントで贈られたものだった。一年と少し、弟はその自転車を大切に乗った。ある日、いつものように弟が自転車に乗ろうとすると、チェーンが外れていた。
 昨日乗ったときには何ともなかった。しかし、降りると同時に外れないとも限らない、と弟は考えた。そして、チェーンを素手ではめ込んだ。両手は黒く汚れた。ペダルを回してみてチェーンのかかり具合を確かめた。それから実際に乗って、近所をひと周りした。自転車から降りると、チェーンがしっかりかかっていることを確認した。弟は手を洗いに家へ入った。
 翌日、弟が自転車に乗ろうとすると、再びチェーンが外れていた。弟は実際には、外れていた、とは思わなかった。外された、と思った。隣に置いてある一つ上の兄の自転車のチェーンを確かめた。それはしっかりかかっていた。弟は自分のチェーンをまた素手ではめ込んだ。昨日の手の汚れがまだ爪に残っているうえに、さらに汚れがついた。兄が犯人かどうかは分からない、と弟は思った。今度は試しに乗ってみることはしなかった。そのまま家に上がり、手を洗った。
 その次の日も、弟の自転車のチェーンは外されていた。弟は涙をこらえなければならなかった。泣く前に、するべきことがあると思った。弟は物置から金属バットを持って来た。そして、自分の自転車を叩き始めた。ライトやベルなどの壊れやすいところから叩いていった。チェーンをもう二度と誰かに外されないために、自らの手で外した。
 物音に驚いた母と兄が家から出て来た。何をしてるの、と母親が叫んだ。やめろ、馬鹿、と兄も叫んだ。弟はこらえていた涙がこぼれるのを頬に感じた。

©新貝直人

静かな夜

 きっとひどい顔になっているだろうと女は思った。
 それでも、街で横を過ぎる人たちのほとんどは、彼女に注意を払わなかった。一人だけ、中年の男が、事情を察して哀れむような、それでいて関わり合いにはなるまいとするような表情を見せて、素早く目をそらした。
 女の顔は殴られて腫れていた。彼女は前髪が街路灯をさえぎってできる影をあてにしながら、夜の街を歩き続けた。
 どこにも行くところがない、と女は考えていた。お金を持って逃げるべきだった、と。
 夫の暴力は二度目だった。しかし、二度でもう十分だった。最初にふるわれた暴力を、決して謝らなかった夫を、許すべきではなかったと彼女は自分を恨んだ。それをためらったのは、幼い頃から成人するまで日常的にふるわれた母の暴力を許さなかったことが、生家との離縁につながったとする反省があったからだった。父は、母の行為に加担することはなかったけれど、止めることもしなかった。殴られる娘を見る目つきは、今すれ違った中年の男に通じるものがあった。
 女は繁華街を抜けて、見知らぬ住宅街にたどり着いた。静かな夜だった。ひと気のない月極駐車場の、コンクリート・ブロックの車止めに彼女は腰掛けた。一匹の野良猫が彼女に近寄りかけて、餌やりではないと分かると踵を返した。猫も怪我をしていた。耳の横の皮が剥けて、血がにじんでいた。
 逃げなくてもいいのに、と彼女は思った。動物は人間の善し悪しを見抜ける、なんて嘘だ。私は絶対に、小さな動物にだって、暴力はふるわないのに。
 女はまた繁華街に戻って行った。まわりが騒々しいほうが、痛みを忘れられるような気がしたのだ。しかし、どこまで行っても顔は痛み続けた。まぶたはますます重くなって、視界を狭くした。
 誰かが助けてくれることを期待しているのだろうか、と彼女は考えた。たぶん、そうだ。その証拠に、私は街を歩いている。でも、そうじゃない。その証拠に、私は顔を伏せている。
 女は自分の望みをはっきりさせることができなかった。しかし「それ」が来たときに、彼女には分かった。自分が望んでいること、少なくともそれは、他人による救済ではなかった。
 夫は、彼女の歩みに併せてゆっくりと車を横に走らせた。その後ろに続くタクシーが苛立たしげにクラクションを鳴らしていた。

 もう二度と殴らないで、と彼女は言えなかった。夫のほうも、もう二度と殴らない、と言わなかった。無言が支配する車内で、女は泣き、夫はラジオの音量を上げた。ディスク・ジョッキーの声が大きくなるほど、夜が静まっていくように女は感じた。

©新貝直人

段ボールの家

 雨の音じゃないぞ、とホームレスの男は目を覚ました。
 彼の家は、段ボールで作ってある。段ボールは軽く、丈夫だが、雨ざらしにできるわけではない。家を置くのに、雨がかかるような場所を選んではいない。
 ちくしょう、酔っぱらいが屋根に小便をかけてやがるんだ、と男は腹を立てた。
 ホームレスを嫌う人間は少なくない。危害を与えてくる人間もいる。男は世間を憎んでいた。
 小便がおさまったら、屋根を跳ね上げて、ぶん殴ってやろうか、と男は考えた。
 しかし男は、自分がそうしないことを知っていた。権力に殴り返されることを恐れていたのだ。
 こんなときこそ、狸寝入りをきめるってのがいいんだ、と男は強引に目を閉じた。
 なあに、段ボールの家なんぞ惜しくない。また、いくらでも作れるんだから。こいつは酔っぱらいにくれてやろう、と男は思った。
 その音が、雨の音でもなく、小便の音でもないと気づいたのは、不意に屋根に穴が空いて、そこからガード下の煤まみれの暗い天井を見たときだった。
 穴を空けたのは炎で、小便だと思ったのはライターのオイルだったのだ。
 男があわてて飛び出したときには、段ボールの半分がすでに炎となっていた。
 男はざっと体の回りを調べた。火の粉がかからなかったのが不思議な気がした。ともかく自分は無事であるらしかった。それから、財布を持ち出していないことに気づいた。財布には、使用期限の切れたクレジットカードと、有効期限の切れた免許証と、小銭数枚が入っていた。どうでもいいようなものに違いないが、それでも男は炎を覗きこんだり、袖をまくった腕を差し入れようとせずにはいられなかった。

 ガード下から外れた闇の向こうで、笑い声が聞こえた。放火に加担したのは、少なくとも三人はいるようだった。そのうちの一人の声が男の耳に届いた。
「だから火をつける前に、段ボールを蹴飛ばせって言っただろ。あいつまで燃えちゃうじゃん!」
 別の声が返答をした。
「あいつごと燃やさなきゃ、意味ないじゃん!」
 それからまた、どっと笑い声が重なり合って響いた。

 男は声のする方を見ないようにと注意した。そして、あたかも偶然に出火したかのように、首をひねったり、炎の周囲を点検したりするふりをした。
「雨が降ってくれればなあ」と男は声に出して言った。

©新貝直人

ピンポンダッシュ

 久しぶりに聞いた玄関のチャイムの音で、六蔵は寝床から重い体を起こした。
 体が重いのと体重が重いのは違うものだ、と六蔵は思った。体重が重くても体が軽いのもいる。相撲取りだ。しかし俺はといえば、体重が重くてさらに体も重い。
 六蔵は病気だった。体が重いのは病が重いからだった。
 来たのは妹の好子ではないだろう。好子はもう二日も訪ねてきていない。よほどひどい風邪なのだろうか。俺の身の回りの世話ばかりして、自分が倒れてしまう。昔からそういう奴なんだ。俺は好子になにをしてやれたわけでもないのに。
 六蔵は手すりをつたって、玄関までようやく歩き着き、来訪者を歓迎するにふさわしい笑みを浮かべた。郵便配達だろうと、集金人だろうと、俺にとってはお客だ。ともかく、俺はまだこの世にいる。そして扉というのは、いつも誰かを待っているもんだ。
 六蔵は扉を開いた。鍵はかけていなかった。いつだってかけていないのだ。光がまぶしく目を刺した。目が慣れてくると、そこには誰もいないのが分かった。六蔵は自分の耳がおかしかったのかと訝った。しかし思い直して、往来へ向けて大きな声で「もし?」と言った。
 返事はなく、路地にはやはり誰の姿もなかった。六蔵はしばらく戸外を右に左に眺めていたが、やがて扉を閉めた。玄関はすぐにまた薄暗い空間に戻った。六蔵は耳鳴りを覚えた。寝床へ戻るため体を回そうとした。体は回らなかった。自分の履いているサンダルの踵を、もう一方の足が踏んでいたのだ。六蔵はよろけて、靴箱に頭を打ちつけて倒れた。

 路地の曲がり角では小学生の三人組が腹をかかえて笑っていた。
「もし?」
 一人が六蔵を真似て、三人はさらに笑った。
「ピンポンダッシュ最高!」と一人が言うと「出てきた爺もこれまた最高!」と別の一人が返した。

 痛みはやがて奇妙なほどひいた。六蔵は動かなかった。玄関に横たわったまま夜を迎え、翌朝を迎えた。その日のうちに妹が亡くなった。その知らせを六蔵が聞くこともなかった。

©新貝直人

 あまりにも長いあいだ指を握りしめていたので、僕はつかの間、指のことを忘れていた。指はもぞもぞ動いて、僕を起こした。おはよう、おはよう。僕に指の声が聞こえるのは、かつての指の声を記憶しているせいにちがいない。指に口はついていない。
 彼女は、いつも二度挨拶をした。おはよう、おはよう。僕も二度挨拶を返した。おはよう、おはよう。合計四回のおはようが僕らの朝の始まりだった。それはルールのようなものだった。僕らのルールはいつも楽しさを目指していた。もしもあるルールがどちらかの苦痛になるのなら、それは別の形に置き換えられる。僕らはこの挨拶を続けた。彼女が指になってしまってからも。
 僕は指を見つめた。それは人差し指だった。どうして人差し指なんだろう、小指ではなくて、薬指ではなくて。ともかくそれは右手の人差し指だった。彼女の指のうちで唯一ほくろのあった指。ほくろは爪と第一関節のあいだにあった。
 朝の光が窓から射し込んでいた。指を握ったまま右手で確かめると、左腕はもうすっかりなくなっていた。左肩のあった付け根は、湯上がりの肘のように硬く、温かく、湿っていた。僕は、自分が例外ではないことを知った。死について、言葉で考えることの無意味さを、そうしてまた確認するはめになった。
「昨夜、僕が七歳だったときの友達に会ったよ」と僕は指に話しかけた。
「その子は近所の同級生で、彼が頭を失う前も、失ってからも、僕はよくいじめた。頭を失う前には、彼の人の好さを利用して、失ってからはそれでも平気で登校してくる厚かましさを理由にして。僕は、彼が決して人を殴ったりしないことを知っていていじめたし、彼が頭を失ってもなかなか死なないことに苛立っていじめた」
 指はじっとしていた。指に僕の話が聞こえているのかどうかは分からない。指には耳もない。
「彼に会ったというのは、もちろん夢のなかの話だよ。彼は八歳のときに亡くなったからね。彼は、片手で僕の腕を持って立っていた。それではじめて僕は、自分の左腕がなくなっていることに気づいた。彼は慎重に僕の腕を両手で握り直し、それから野球のバットのようにスイングして、木の上から落ちてきたドングリを打った。そして屈託なくこう言ったんだ。『人を笑わせるのは素敵なことなんだろ』。それから、またドングリを一つ打って『そう言ったよね』と言った。それで僕は思い出した。放課後の教室で、頭を失ったばかりの彼の首の上に、ネズミの回し車を置いたことを。くすくす笑い始めている級友たちに向かって僕は、誰か、ネズミを!と言った。みんなは大笑いになって、彼一人が泣いた。彼が泣くと、首の断面に空いている穴から小さなビーズみたいな涙が、勢いのない噴水のようにこぼれ出す。その脇で手を洗ってみせる子もいた。やがて彼の涙が止まると、陰湿な笑いの常で、みんなが飽き飽きした顔で立ち去ると、僕は彼に言い訳がましく声をかけたんだ。人を笑わせるのは素敵なことだろ、って」
 指がどんなふうに自分を責めるのか、僕は知っていた。十三年間も一緒に暮らしたのだ。彼女はきっとこんなふうに言っただろう。そんなやつは、大嫌い。
「それで、僕は彼に謝った。君をからかったことは、ずっと後悔している。後悔することで、僕は長いあいだ罰を受けてきたし、これからも受け続けるだろう。それでも足りないのかい? すると彼は意外そうに『きみを笑わせようと思ったんだよ! 馬鹿だな、君は』と言った」
 指がもそもそ動いて、話の先をうながしているみたいだった。しかし、話の続きはあとわずかだ。
「次に彼は、こんなことを言った。『笑うって、どうやるの? 君らがあんまり笑ったせいで、僕は笑い方が分からなくなったよ。君は何でいま泣いているの? 君の涙って、壊れた雨樋から漏れる水みたいだ』。僕は怖くなって一散に逃げた。自分が泣いていることに、僕は気づいていなかった。いつから泣いていたんだろう。走りながら右手を上着のポケットに入れて、君を確かめた。君を強く握りしめすぎないように、努力が必要だったよ。僕は、震えていたからね」
 指は動くのをやめた。それから、僕の話したことなど全部忘れてしまったみたいに、おはよう、おはよう、と言った。彼女の二度の「おはよう、おはよう」のあいだに、彼女を載せた僕の右手の指は三本になっていた。

©新貝直人

ヒネクロ

 ヒネクロがやって来ると、カモメは河原の丸石にまぎれます。

「ヒネクロだ。あいつはおしりをつついてくる」

 コサギは空に舞い上がって雲に隠れます。

「ヒネクロだ。あいつはドングリを落としてくる」

 トンビは流木のわきで枝になったふりをします。

「ヒネクロだ。あいつは歌のじゃまをする」

 

 

 ヒネクロに愛想がいいのはカワウだけです。

「やあ、やあ。おんにちは。ヒネクロ。今日も元気そうだね」

「なんだよ、おんにちはってのは。バカなカワウ。こんにちは、って言うんだぜ」

「いやあ、昨夜食べたコイが大きすぎてね。のどの調子が悪いんだ」

「食いしんぼうめ。だからそんなに太っちょなんだ。いまに飛べなくなるぞ」

「だいたいぼくは泳ぐほうが好きだからね。空に魚はいないしさ」

「いるさ! 見てろ」

 そう言うが早いかヒネクロは、矢のように川に飛びこんで、ドジョウを川底からつまみ上げると、空高く舞い上がって空中に投げたのでした。

「ほら! 空に魚だ!」

 カワウは羽をばたばたさせて、水をびちゃびちゃ蹴って、ようやく空に飛び上がると、もうドジョウは川に落ちて逃げていくところでした。

「のろまなカワウ!」

「ぼくがカラスだったら、きみみたいにできるさ。ぼくはカワウだからね」

「カワウなんてつまらないな。カワウじゃなくてよかったよ!」

「そりゃあよかったねえ。でも、ぼくはカワウでよかったよ。ぼくにはたくさん食べられる胃ぶくろがあるからねえ」

 そう言ってカワウがごろごろ笑っていると、どういうわけかヒネクロも笑えてくるのでした。

「魚に生まれなくてよかったぜ!」

 そう言い残して、ヒネクロは飛び去っていきました。

 

 

 カラスってのはかしこいな、そしてへんてこだな、とカワウが川岸で羽根を乾かしていると、カモメとコサギとトンビがそろってやって来ました。

「やあ、やあ。みなさんおそろいで。おんにちは」

「おんにちはだって? きみまでぼくらをバカにするのかい、ヒネクロみたいに?」

「いえ、いえ。これはのどにコイのひげがささっているせいなんです」

「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」と、トンビがカモメの肩に羽をおいて言いました。「ところで、きみはなぜヒネクロなんかと口をきくんだい?」

 カワウはそんなことを考えたこともなかったので、目をぱちくりさせました。

「あいつはきみのおしりをつつかないのか?」とカモメは言いました。

「おしりですか。いっぺん、つつかれましたよ」

「だろう? あいつはおしりを見るとつつかずにはいられないやつなんだ。なんでそんなやつと口をきくんだい?」

「ちょうどおしりに虫がいてかゆかったんだ、ありがとねえ、って言ったら、ヒネクロ、笑いころげましてね。そんなふうに笑っているのを見ると、怒る気持ちもなくなるんですよ」

「あいつはドングリを落としてくるだろう?」とコサギもききました。

「ドングリですか? いえ、ぼくにはどこからか盗んできた石灰をかけてきましたよ。黒いカワウは白くなれ、ってね。それでぼくはまっ白になりました。白鳥に見えるかい、ってきいたら、そんなずんぐりな白鳥なんかいるわけないって、ヒネクロ、笑いころげましてね。それで…」

「もういい! じゃあ、あいつは歌を……」と言いかけて、トンビは口をつぐみました。カワウが歌わないことを思い出したからです。そのかわりに「さっき、ドジョウを放り投げて、きみをからかっただろう。あいつはそういうことをするやつなんだ。頭にくるよな?」と言いました。

「そうさ! だいたい、ドジョウがかわいそうじゃないか」とコサギが勇んで相槌をうちましたら、みんなはちょっと驚いてコサギを見つめました。ドジョウはコサギの大好物なのです。コサギもそのことにいまさら気づいて、あわてて言い訳をしました。

「食べるより、いじめるほうがずっと悪いんだ」

「ああ、なるほど。それはそうですね、コサギさん。ぼくらは食べなくちゃ生きていけませんからねえ。なるほど、なるほど」とカワウが大きくうなずくと、コサギは得意そうにちょっとダンスをして見せました。コサギのダンスは食事の前の大事な儀式なのです。

「カワウと話していると、わけが分からなくなってくるね。まあいいや、そろそろ日が落ちるからぼくは帰る」

 そう言って、コサギは飛んでいきました。

「まあ、カワウさん、ヒネクロには気をつけてください」と言って、トンビも林のねぐらへ飛んでいきました。

「ぼくはやっぱりヒネクロがきらいだ。ぼくのおしりには虫なんかいないしね」と言い残して、カモメも夕日めがけてシルエットになって飛んでいきました。

 カワウは、カモメさんと夕日の組み合わせは本当に素敵だなあ、と目を細めました。

 

 

「やあ、やあ。ぽんにちは、カワウ」

 ヒネクロのしわがれたこえで目がさめて、カワウはあくびをしてちょっと涙を流しました。もうすっかり昼でした。

「ぽんにちは、ってなんだい。おかしいな」とカワウはごろごろ笑いました。

「昨日さ、町へ行ったんだよ。そしたら、ごみ捨て場にうまそうなダンゴがおいてあるじゃないか。こんなのは人間の罠に決まってる、と思ったんだけど、勝手にくちばしがついばんで、勝手にのどが飲み込んだのさ。案の定、ダンゴの中身はトウガラシのかたまりだったってわけ。のどからチが出たよ!」

 ヒネクロは、のどから火が出たよ、と大袈裟を言ったつもりだったのですが、声がすっかりかすれていたのでちゃんと発音できなかったのです。カワウはあわてました。

「それはたいへん! 梅干しを探してこなくちゃ」

「梅干しって、すっぱいやつだな。あれは人間の食べ物だぜ。だれがのどに梅干しがいいだなんて言ったんだ?」

「カルガモさん」

「あんないつもいちゃいちゃしてるやつらなんか、信用できないね。きみののどはどうやって治すんだい?」

「こんなのは、ほうっておくんですよ。ぼくらカワウはのどもじょうぶなんだ。それにしても、梅干しのあるのは人間の家なんだよねえ。人間は梅干しをとっても大切にしてるんだから、ぼくら鳥にはくれないだろう」

「そう聞くと、無性に梅干しが欲しくなってくるな。どうしたらいい?」

「うん。ここはひとつ、人間と仲のいいカモメさんに相談してみましょうか」

 

 

 カラスとカワウはカモメのところまで飛んでいきました。カモメは川岸の手すりにとまって、釣り人のやって来るのを待っているところでした。

「やあ、ご苦労だな。今日も毒エサをまく人間を待っているのかい?」とヒネクロは声をかけました。

 カモメは羽根を伸ばして、いっしょうけんめいおしりを隠しながら「釣りのおじさんはパンきれを投げてくれるんだ。なんだいその声は、きみこそ毒にあたったんだろう」と言いました。

「バカなカモメ! 人間のつくるパンには、鳥の体にはよくないものがいっぱい混ざって…」と言うヒネクロをさえぎって「その通りなんですよ、カモメさん! カモメさんは人間のことにとてもくわしい。人間って梅を干して食べますね? それがのどにとてもいい、とこうカルガモさんが言うわけです」とカワウは言いました。

「言っておくけれど、ぼくはひねくれカラスのために、やさしい人間の食べ物を盗むなんてごめんだな。カルガモに頼んどくれよ」

「ところがカルガモさんらはいま、生まれたばかりのちびっこたちの世話で忙しいんです」

「じゃあ、カラスが自分で盗めばいいじゃないか」

「ところが、人間というのはカラスをたいへん嫌っていましてねえ。毒をもられたカラスがまたぞろ顔を出すとなると穏やかでないのです。それにぼくは、なにも盗むと決めてかかっているわけではないんですよ。どうしたらいいのかな、と相談しに来たわけなんです」

 カモメはちょっと考えて、それから言いました。

「梅の実なら、どこか公園にでも行けばすぐ手に入るだろうね。あとは乾燥させるザルがいるよ。地面にじかにおくと腐っちゃうからね。ザルを持っているのはトンビさんだ。トンビさんの寝床は人間の捨てた竹ザルなんだよ」

「なるほど。自分でつくればいいってわけだな。ところで、カモメよ。もうきみのおしりはつつかない。だから羽根をもとに戻しな!」としわがれた声で言って、ヒネクロはびゅっと飛んでいきました。

 カワウも「どうもありがとう」とおじぎをして、そのあとにばたばたと続きました。カモメはもじもじと羽を戻して、ヒネクロめ、とつぶやきました。

 

 

 トンビは寝ぐらのある木の上を大きく周りながら、風に乗って気分よく歌を歌っていました。

「やあ、あいかわらず下手な歌だな。おれの美しい声を聞くかい?」とヒネクロは声をかけました。

 トンビは歌をやめて「それなら耳栓がいるな」と顔をしかめて「ますますひどい声になったようだし」と付け足しました。

 ヒネクロがまたなにか余計なことを言い出さないうちに、カワウは声を上げました。

「やあ、やあ! これは、トンビさん。実は、カモメさんからトンビさんがザルを持っていると聞きましてねえ」

 そしてカワウは一から話をしました。

「しかし、ザルがなくなるとね。そのあいだ、寝るところがなくなってしまうよ」とトンビは言いました。

「ザルに代わるものってなんでしょうかね」

「そりゃあやっぱり木の枝と藁だね。本当はそうしたいんだが、集めるのがおっくうでね。いまはザルに葉っぱをのせてるんだ」

「それなら、ぼくらが木の枝と藁を集めてきますよ」とカワウはカラスのおしりをつついて

「さあ、さあ。行きますよ」と言いました。

 ヒネクロは不満そうに、があがあ、と鳴いてみせましたが、仕方なく林のほうへ飛んでいきました。

 そうして丸一日かかって、カワウとカラスはトンビの寝床を新しくつくったのです。

「やあ、素敵だな。ありがとう」と言って、トンビはザルを渡しました。

「助かったぜ。もうきみの歌はじゃましない。好きなだけぴーひょろぴーひょろ歌うがいいさ」と言って、ヒネクロは竹ザルをくわえて飛んでいきました。カワウもぺこんとおじぎをして、そのあとに続きました。

 

 

 次の日、カラスとカワウはザルを中州の丸石の上において、その上に公園から拾ってきた梅の実をおきました。うまい具合に、太陽はさんさんと輝いています。

「どのくらい干すんだい?」とヒネクロは聞きました。

「しわしわになるまでじゃないかな」とカワウは自信なさそうにこたえました。

「だから、しわしわになるにはどのくらいかかるんだい?」

「太陽しだいでしょうねえ」

 二羽が梅を見つめていると、ハエやカナブンがやってきて梅にとまりました。そのたびに、二羽はかわるがわるあっちへいけと追い払いました。太陽の光はますます強くなり、二羽はだんだん頭がくらくらしてきました。

「ぼくらは黒いから、よけいに太陽の熱を集めるんだねえ」とカワウは言いました。

「よし、かわりばんこに梅を守ことにしよう。まずはきみからだ!」とヒネクロは思いついたように言って、さっさと木の影に隠れてしまいました。

 ところがそのときには、カワウはもう限界だったのです。暑さのあまりにぱたりと倒れると、そのまま川にとぷんと落ちて流されていきました。

 コサギがいつものように川で優雅なダンスをしていると、川上から大きなカワウがどんぶらこどんぶらこと流れてきました。

「や、これはたいへんだ!」

 コサギはあわてて近づいて、自分の何倍も重いカワウを背中にのせて、木の影まで歩いていきました。するとそこでは、ヒネクロがぐうぐう寝ています。

「ヒネクロ! おい! カワウさんが川を流れてたよ!」

 ヒネクロは飛び起きました。

「つい寝てしまった。コサギよ、カワウは死んだのか?」

 ヒネクロはがらにもなく目に涙がたまってくるのでした。

「だいじょうぶ、生きてるよ。でも、なんだってこんなことになったんだい?」

 ヒネクロがわけを話しますと、コサギは「そんなことなら、ぼくが梅を見張っていてあげよう。ぼくは白いから暑さには強い」と言いました。

 

 

 そうして三日間、コサギは梅を見張り、ヒネクロはコサギの食べ物を獲ってはせっせと運び、そのあいだにカワウの介抱もしたのです。

 三日後に元気になったカワウが起き上がり「あれ? 梅はしわしわになりましたか?」と聞いたところ、カラスとコサギは気まずそうに顔を見合わせました。梅は二日目から降り始めた雨のせいで、全部すっかり腐ってしまったのです。

「でも、ほら。こ、ん、に、ち、は!」とヒネクロは大声で言いました。

「のどは自然に治ったんだ。カワウもコサギも、ありがとう!」

 ありがとう、という言葉を口にしたのは初めてだったから、ヒネクロはどこかうまく言えなかったような気がしてもじもじしました。

「こ、ん、に、ち、は」とカワウも言ってみました。

「おや、ぼくも治ったみたいだな。よかった。これできちんと挨拶ができる。挨拶は大切」と言ってごろごろ笑いました。

 

 

 あとになってヒネクロがカルガモに聞いたところ、梅干しというのは塩につけてから干すのだと言います。

「ずいぶん塩が強いらしくって、梅干しはきっとわれわれ鳥にはよくないんだな」とお父さんカルガモは言いました。

「梅干しよりもハチミツよ」とお母さんカルガモも言いました。

「どっちも、前に食べたことあるぜ」とヒネクロは自慢げに言いました。

「ああ、ごみをあさったんだね。カラスは考えなしになんでも食べるからな」とお父さんカルガモが言い、お母さんカルガモはくわっと吹き出しました。

 なんだと丸いくちばしのくせに、と、ヒネクロは思わず言いそうになりましたが、とんがったくちばしを閉じて、一呼吸おいて、それから「いろんなものを食べるから、黒いのさ。 いろんな色をまぜると黒くなるのと同じなんだねえ」と言いました。

 カルガモの夫婦は顔を見合わせて、不思議そうにしました。いつものヒネクロのようではなかったからです。

 ヒネクロは心の中で、おや、なんだかカワウみたいなことを言ったな、と気づいて、笑いがこみあげてくるのでした。カワウみたいだなんて、かっこ悪いや。でも、カワウみたいだなんて、ちょっとおもしろいな。

 

 

©新貝直人