人類最後の切り札か、ベーシックインカム制度


共産主義と資本主義。人類の生み出した2つの経済システムは不完全なようで、いずれも憎悪生産システムの様相を帯びている。結局、人間のつくるシステムは人間の不完全さの具現に過ぎないのだろうか。人々の憎悪を和らげ、不寛容をなだめ、人をツールとしてではなくライフとして見ることのできる社会システムは存在しないのだろうか。

これは、現代のおとぎ話なのかもしれない──人は生まれただけで、何の努力をしなくても、社会から無条件に一定の「お金」という「権利」が与えられ、その結果、働かざる者から命を取り上げていた社会よりもずっと幸福な社会になるのだという。このおとぎ話の舞台に設定されているのが「ベーシックインカム制度」である。

人権は、生まれただけで、何の努力をしなくても、社会から無条件に与えられる。しかし、生きていくためのお金は(一部の特権的な仕組みを除いては)労働の見返りとしてしか手に入れられない。労働を奪われたり、労働を拒否したりする人は「人権がありながら」死を受容するか、ホームレスになるかである。

生活保護のような社会保障制度は、たいていの国でうまく機能していない。そこには「審査」という高い「壁」がそびえ、さらに「努力義務」という「鞭」が据え置かれている。社会保障制度を受けようとする人は、自分が罪人であるかのような卑屈な・恥ずかしい気持ちを抱かされる。看守と囚人の関係性を、役人と市民の間に生み出すのが生活保護制度なのだ。

ベーシックインカム制度に関する書籍を僕は3冊読んだが、そのなかでもお勧めしたいのが『隷属なき道』(ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳)である。書中で僕が特に惹かれたエピソードに次のようなものがある。

1968年、ニューヨーク。ゴミ収集人が賃上げを要求し、市長が拒んだ。ゴミ収集人はストライキに入り、市はたちまちゴミの山に埋もれていった。市民はすぐに気づいた。社会で真に重要な仕事をしているのが誰なのかを。その価値ある労働には非常な低賃金による見返りしかないことを。抗戦を試みた市長はわずか9日で白旗を上げ、賃上げを認めた。

資本主義は、社会に必要がどうかも怪しい銀行家と、社会に絶対に必要なゴミ収集人に著しい格差を与える。この格差をほんの少し是正するのにストライキが必要だったのは、万人にとって不幸なことだった。もしもベーシックインカム制度があったら、このストライキは起こらなかったかもしれない。なぜか。

ベーシックインカムによる手取りが賃上げされた金額を上回るからである。それと、ベーシックインカムの財源が、主には富裕層の「不労所得」をターゲットにするからである。つまりベーシックインカムとは、必要がどうかも怪しい銀行家は取り分を減らされ、絶対に必要なゴミ収集人にお金を流す仕組みでもあるのだ。格差が狭まれば当然不平は起こりにくく、ストライキのような強引な手法は採られなかっただろう。

ベーシックインカム制度で問題となるのは財源である。まずどこからお金を持ってくるべきかを考えたい。働かざる者食うべからず、と言うけれど、実際この社会には、働かなくても食っていけるどころか寝ているだけでもお金が自動的に流れ込んでくる秘境がある。いわゆる「不労所得」である。

お金を血液として、社会を体だとして考えてみる。体の隅々にまで血液が行き渡らないと、そこは壊死する。一箇所に不必要なほどの血液だまりがあるのなら、ポンプを導入して体にあまねく血液を流すのが、結局は体全体を助けることにつながる。このポンプの役割を果たすのがベーシックインカム制度で、ポンプの導入箇所が不労所得というわけだ。すなわち、不動産・知的財産・金融資産などには大きく課税することになる。

次に、ベーシックインカム制度によって不要になる現状の制度を廃止し、そこに当てられていた財源を移行する。役所に生活保護という部署はなくなる。ベーシックインカム制度は「自動的に」全国民にお金を受け渡す制度なので、審査や調査などのコストもかからない。職員は不要で、分配はAIで肩代わりできる。年金制度も廃止となる。記録に全てを負っている危うい年金と異なり、ベーシックインカムは消えてなくなることはない。失業保険も不要となる。自己都合か会社都合かといった不毛な争いもここに消える。子ども手当も不要だ。ベーシックインカムは子供にも支給されるからである。

ベーシックインカムによって廃止してはならない制度もある。その一つが障害者支援制度だ。障害者等への介助費用は別途かかるわけなので、障害者はベーシックインカムと障害者支援を同時に受け取ることになる。

次は法人税!という声が聞こえてきそうだが、過去の記録を調べてみて分かったのは、1990年代から現在まで法人税は変動しているが税率と税収は単純に相関していないのである。法人税増税によって歳入を増やすというのは案外難しいのかもしれない。むしろ、富裕税の導入の方が現実的かもしれない。

『2016年 グローバル・ウェルス・レポート』によると100万ドル以上の資産のある日本人は約282万6,000人ということである。この狭い国土で、生活保護を受け取れなくて自殺に追い込まれる人がいるすぐ傍に、このような人たちが暮らしているのだ。アメリカではさすがにこのような状況を恥じて、一部の富裕層が「自分たちから富裕税を取ってください」という署名が行われた※1というが、日本の富裕層はどう思っているのだろうか。

財源が確保できたら、それを全国民に分配することになるが、山分けにするのではない。ベーシックインカムはその名の通りベーシックな額のみを一律に支給する。生活費に充てることが前提なので、市場経済の状況によって額は変動する。2019年現在の基準から考えれば、月額10万円がめどになると僕は考えている。10万円ではほとんどの人は働くのを辞めず、社会は混乱しないだろうし、どうしてもそこで働きたくない事情のある人は辞めて「退避」することができる。

そして、ベーシックインカムで得たお金の使い途は、完全に個人の自由だ。それを監視する機関はないし、政府に報告する義務もない。ベーシックインカムはお情けや施しや埋め合わせではなく「権利」なのである。それゆえベーシックインカムは富裕層にも支給される。支給される人の属性は全く考慮されないわけだ。ベーシックインカムは差し押さえの対象にできず、所得税の対象にもならない。「権利」を奪うことはできないからだ。

このおとぎ話は、ただお金の流れを正すだけにとどまらない。そのポテンシャルには、まさにおとぎ話の魔法のような効果があると見込まれる。現在まで世界各地ですでに実験的に行われた、ベーシックインカムに模した「フリーマネー」の効用には次のようなものがあった。

・犯罪の抑止効果
再犯率の低下
・小児死亡率の低下
・学業成績の向上
・IQの向上
・男女の機会均等の上昇
・アルコール、タバコの消費量の減少

アルコール、タバコの消費量の減少は興味深い。人は貧困にあるほど、これらのものに依存しやすいということだ。これは、従来の「依存的だから貧困に陥る」という定説を覆す。私たちはこうした間違いを犯しやすい。犯罪には厳罰を、学力向上のためには試験改革を、男女平等のためには女性がもっと努力しろ、といった風に。ベーシックインカム制度は人を平等に扱う。平等が促進されれば人々の物の見方や振る舞いが変わる。上記のような効果は、むしろ当然の帰結なのだ。それなら、なぜベーシックインカム制度は世界のどこ国にもいまだ導入されていないのか。

おそらくベーシックインカム制度導入の最大の障壁は財源ではない。それは一言でいえば、パターナリズムである。パターナリズムとは「お前のことはおれのほうが分かっている。だからだまっておれの言うことに従え」という父権的な振る舞いを指す。ちなみに、ウィキペディアによればベーシックインカム制度に全面的に反対している日本の政党は自民党だけである※2自民党パターナリズム神道(神社)と天皇制を中心に据える「信仰」由来の頑迷なものだ。彼らは「施し方はおれたちが分かっている。行儀よく待っていろ」と言いたいのだろう。対して、ベーシックインカムの唱導者は「お金の使い途はお金のない人のほうが分かっている」と当たり前のことを説く。

「フリーマネー」には犯罪抑止の効果がある。一般に、なぜ犯罪が起きるのか、を考えるときに、私たちは「犯罪を犯す個人が悪い」と一刀両断にし、話を終わらせていないだろうか。犯罪者の事情を知っても「そんな環境はありふれている。甘えるな」とパターナリスティックに言い放ちがちではないだろうか。それは確かに正しい面もあるが、それでは犯罪を減らすことはできない。「あいつが悪い、死ねばいい」というのは実効性のない言論である。犯罪を忌まわしいと思うのなら、どうしたら犯罪が起こりにくい社会になるのかを考えるべきだ。

貧困と犯罪の関連性は疑うところがない。貧困は社会への復讐心を燃やし続ける燃料である。ベーシックインカムはその炎を最小化できるかもしれない。少年の貧困は、学力の遅滞につながりやすく、反社会勢力の標的になる。女性の貧困は、社会が女性の就職を不利に扱うせいで、性風俗産業の標的になる。ベーシックインカムがあれば、彼らを危険な場所から逃がれさすことができるかもしれない。それに、犯罪の少ない社会では、裕福な人も今よりも安心して過ごせるはずではないだろうか。

貧すれば鈍す、という言葉がある。転じれば、食うに困らなくなれば頭が冴える、ということだ。これは、古代ギリシャなどの貴族階級から人類の偉大な哲学や科学が生み出された事実からも裏づけられる。ベーシックインカムは、現代社会を生きる人々の精神に余裕をもたせ、イノベーションを促すかもしれない。経済成長は鈍化するかもしれないが、鈍化した方が地球のためである。地球を掘り返し、資源を燃やし続ける現代を旧時代の遺物へと追いやることさえ、ベーシックインカム制度は可能にするかもしれない。

ベーシックインカム制度はおとぎ話に聞こえるが、歴史上の革命的な出来事は、前時代にはすべておとぎ話に聞こえたのだ。身近な問題や社会問題が起こるたびに、僕はベーシックインカム制度が施行されている空想の世界との対比をする。少なくとも、現在が地獄に見える程度にはベーシックインカム制度は魅力的である。

 

※1 ニューズウィーク日本版 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/post-12388.php (2019年11月23日閲覧)
※2 ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/ベーシックインカム#日本における動向 (2019年11月23日閲覧)