怪獣ガオウ

 ガオウ山は土にうずもれている怪獣である、と言いはじめたのはきつつき博士である。
「ガオウというのは我らの王と書いてガオウというのであり、怪獣のおたけびのことではありません」と、村長はテレビでまじめくさって反論した。
「王というわりには、高さは富士山の百分の一ほどですが」と、記者が口をはさんだ。
 村長は顔を赤くして「見えている部分は小さくても、うまっていて見えない部分は日本一巨大なのです」と口からでまかせを言った。テレビの前の村の大人たちはみんな大まじめにうなずいたけれど、子供たちはみんな笑った。
 きつつき博士はテレビを切って「ふん」と鼻をならしてからつぶやいた。
「まったく、政治家の口から出るものに聞くに値するものはないな。気をとりなおして、ガオウ山で起きている小さなゆれの分析でもしてみるか」
 博士は、ガオウ山のゆれのデータをグラフにして、それをゾウの寝返りのデータと比べた。つぎに、カバが伸びをするときのデータと、イグアナがかんしゃくを起こすときのデータと比べた。それから、博士の愛妻が近所のおばさんたちと道ばたでうわさ話をしながら爆笑するときのデータと比べた。
「これらの結果から」と博士はうなった。
「我が妻がカバの仲間であることがわかる…」
 しかし、ガオウ山の正体が怪獣であるという証拠は見つからなかった。

「博士、入ってもいいですか!」と、太郎が玄関の外からさけぶのが聞こえた。
「子供とあそんでいるひまはないのだ」博士はふりむきもせずにさけびかえした。
「ぼく、ガオウ山が怪獣だって証拠を発見したんです!」
 太郎はかってに扉を開けてずんずん入ってきた。そして、続けざまに言った。
「ガオウ山のふもとにあるカエル沼の一角に、草木がほかの場所よりもよくしげっているところがあるんです!」
「ほう。で、それがどうした、天才少年。きみ、土足だぞ」
 太郎はくつをぬぎながら「まえに、植物はニサンカタンソをすってサンソをはく、って教えてくれましたよね?」と言った。
「いかにも。植物はいわば、動物の生命維持装置なのだ。われわれはみな、植物のはく息をすって生きているのだ」
「逆に言うと、ニサンカタンソがないと植物は育たないんでしょう? ということは、植物がよく育っているところにはニサンカタンソがたくさんある、って考えられませんか?」
「まあ、考えられなくもない」
「動物って、眠っていても呼吸はしますよね?」
 太郎がそう言うと、博士はやっと目を見ひらいて言った。
「なるほど! その線があったか。すなわち…」
「すなわち、怪獣の寝息がもれているのがカエル沼のあたりなら、そこらの草木がよく育つというわけなのだ」と、太郎は博士をまねて言った。

 きつつき博士がガオウ山を怪獣の背中だと言いはじめたのには、それなりの理由がある。
 ある日、研究がうまくいかなかった日の夕暮れに、ぼんやりと外をながめていると、ガオウ山と一本の木のシルエットに目がいった。
「はて」と博士は言った。
「あのキニナルアノ木ってのは、ガオウ山とあんな近いところにあったかな?」
 村のひとたちは、村でひときわ目立つ大きな木をキニナルアノ木とよんでいた。キニナルアノ木はハート型をしているので、恋愛の神さまがやどっているとされていた。村の青年は、だれかを好きになるとキニナルアノ木にのぼって、彼の気になるあの娘の名前を短ざくで枝にむすびつけた。その気になるあの娘がキニナルアノ木にのぼってその短ざくを見つけると、ふたりはむすばれるとされていた。
 キニナルアノ木に博士がはじめてのぼった五十年前には、それはガオウ山のふもとから歩いて三十分のところにあった。ところがいまでは、五分もかからないくらい近くにるように見えた。
 「木が動いたのかな、山が動いたのかな」
 博士が首をひねっていると、ガオウ山のてっぺんからふいにカラスの群れが飛びたった。そしてそのすぐあとに、研究所が小さくゆれた。まるで、山が動いたから、カラスがおどろいたように見えた。そのとき、博士に考えがひらめいたのだ。
「あの山の形というのは、見るからにうずくまって寝ている恐竜のようだ。いや、いちばん大きな恐竜であるアルゼンチノサウルスでもあんなに大きくはない。とすれば、あれは恐竜ではなく怪獣なのではないか」

 太郎が飛びこんできたときには、きつつき博士はすでに測量士を雇って、ガオウ山の位置を村の古い地図と比較し終えていた。それで、ガオウ山がこの数十年のうちに数キロメートル移動していたことが明らかになっていた。ただ、それだけでは自説の裏づけにはならないと博士は頭をかかえていたのだった。
「ところで、きみはわたしの助手をする気はあるかい?」と博士は太郎に聞いた。
「はい!」
「きみは重い機械を運ばなければならんぞ」
「ちょうど体をきたえたいと思ってました!」
「お調子者め。あんまりわたしを信用しすぎんようにな。だれについても、どんなえらい人についても、少しばかり疑がって見ることは悪いことじゃない。何から何までぜんぶ信じる、というのは、考えるのをやめてしまうことだ。分かるかな?」
「はい!」と、太郎はいきおいよく返事をして、すぐに「ほんとうはよく分かっていません!」と言い直した。

 その週末に、博士と太郎はいっしょにガオウ山にのぼった。博士から太郎に手わたされた二酸化炭素をはかる機械は、片手で持てるほど小さかった。
「ぜんぜん重くないです。こんなのならぼく、十個だって運べます」と、太郎は言った。
「うそできみの熱意を測ったのだ。さて、そろそろ標高十メートルだ。機械のスイッチを入れよう」
「どうですか?」
「ふむ。平地とさして変わらんな」
「あやしいのはカエル沼です」
「わかっておる。われわれは山と沼と平地のすべてを比べなければならんのだ」
 ふたりは汗をかきながら山道をのぼっていった。山には小川が流れ、岩はコケにおおわれて、山肌には見なれない植物が花を咲かせ、そこにやはり見なれない虫がとまっていた。木の枝から枝へとかけるリスたちも見ることができた。太郎は、やっぱりこれはふつうの山で、土にうずもれた怪獣なんかではないような気がしてきた。しかし、太郎はどうしてもガオウ山が怪獣であってほしいと思っていた。それは、記者会見のおしまいに村長がこう宣言するのを、テレビで聞いたからだ。
「来年には、いよいよガオウ山トンネル工事が開始されます。このトンネルの開通によって、われらの村は大きな都市とむすばれ、より発展することでしょう」
「怪獣のおなかに穴があきますね」と、テレビの記者は言った。
「山はただの土のかたまりです。生き物なんかではないのです」と、村長はしめくくった。
 太郎はニュースの後で好きなアニメを見ながらも、ずっとガオウ山のことが頭から離れなかった。何日か前に博士のところに遊びに行ったとき、土も生きている、ということを教わったばかりだった。土には小さな虫がたくさん暮らしていて、それこそ目には見えないような小さな小さな生きものたちも数えきれないほどいるのだ。そういう生きものたちが、動物のうんちや、死んだ動物を分解して、栄養にして、草木に与えている。そして草木は育って、動物の食べ物をつくり、動物に必要なサンソをつくる。太郎には、その全体のことが、一匹の巨大な動物のしていることのように思えたのだった。

「きみはなぜ、ガオウ山が怪獣だという証拠をさがす気になどなったんだね?」と、博士はおむすびをほおばりながら太郎に聞いた。山頂はひらけた平地になっていて、切りかぶのこしかけがおいてあった。太郎はフライド・チキンをむしゃむしゃ食べながら「怪獣だったらいいな、と思ったからです」とこたえた。
「自分の望むことを結論とするのはよくないな。ほんとうの結論とは、自分の望むことではないことのほうが多い。結論と自分の望むことはまるで関係がない。それが科学というものだ」
 それがどういうことなのか、太郎にはよく分からなかった。
 しばらくしてから、太郎は「ぼく、この山にトンネルを掘られるのがいやなんです」と言った。
「きっと、怪獣があばれるぞ」と、博士はティラノサウルスみたいな手をして見せた。
 太郎もまけじと、トリケラトプスの角のように指をひたいに立てて応戦した。

 ★

「それで?」とキニナルアノ木の上で、あの娘はきいた。
「ぼくらは…」と太郎はこたえた。まさか木の上であの娘と鉢合わせになるとは思っていなかったので、太郎の声はどぎまぎしていた。
「日曜日がくるたびに調査に出かけて、ガオウ山も、カエル沼のまわりも、キニナルアノ木の根元も、村の平地も調べたけれど、二酸化炭素の濃さはどこもほとんど変わらなかったんだ」
 太郎の頭は、博士といっしょにガオウ山を調査した十年前のように坊主頭ではなかった。細かった足と腕は、太郎自身がちょっとはずかしいと思うくらいに筋肉がついていた。太郎はいまでは農家で働き、農薬の代わりに鳥と昆虫をつかって作物を育てることに成功していた。
「きつつき博士はなんて言ってたの?」と、続けてあの娘はきいた。
「一個の間違った説の可能性がなくなるということは、本当の説に一歩近づいたということだって、そんなふうに言っていた。僕は、本当の説を他人が先に見つけたらくやしいな、と思ったんだけど」
「結局、トンネルはできちゃったしね」と、あの娘はつぶやいた。
「怪獣はきっとおなかをちょっともち上げて、ドリルをかわしたんだよ」と、太郎はちょっとむきになって言って、枝の上で幻の怪獣・ガオウの身ぶりをまねた。
 そのはずみで、手に隠していた短ざくが落ちて、風にふかれて飛んでいった。

 ★

 きつつき博士はいま、キニナルアノ木の研究をしている。博士の説によれば、土の下に隠れているキニナルアノ木の根っこは巨大で、ガオウ山を地下で支えており、もしも地主の要望に沿って切り倒すと根は枯れてしまい、地中に大きな穴があいて、ガオウ山は土のなかにうずもれてしまう、ということだった。
 この説について村長は「きつつき博士の説を信じているわけではありませんが」と前置きしてからこう言った。
「この村の子供たちの両親の多くが、キニナルアノ木のおかげでむすばれたのは疑いようがありません。キニナルアノ木は、村の保存樹として未来へ手渡すべきです」
 そして、腰の横にこっそり親指を立てた。それがテレビカメラの向こうの、村長が若いころ気になってしかたなかったかつてのあの娘に向けたものであることは、村長の妻のほかにはだれにも分からなかったけれど。
 きつつき博士はテレビを切って「ふん」と鼻をならしてからつぶやいた。
「研究のしがいがなくなったわ。しかし、まあいい。研究は研究だ」
 そして、キニナルアノ木のデータとじゃがいものデータを見比べた。

©新貝直人