ヒネクロ

 ヒネクロがやって来ると、カモメは河原の丸石にまぎれます。

「ヒネクロだ。あいつはおしりをつついてくる」

 コサギは空に舞い上がって雲に隠れます。

「ヒネクロだ。あいつはドングリを落としてくる」

 トンビは流木のわきで枝になったふりをします。

「ヒネクロだ。あいつは歌のじゃまをする」

 

 

 ヒネクロに愛想がいいのはカワウだけです。

「やあ、やあ。おんにちは。ヒネクロ。今日も元気そうだね」

「なんだよ、おんにちはってのは。バカなカワウ。こんにちは、って言うんだぜ」

「いやあ、昨夜食べたコイが大きすぎてね。のどの調子が悪いんだ」

「食いしんぼうめ。だからそんなに太っちょなんだ。いまに飛べなくなるぞ」

「だいたいぼくは泳ぐほうが好きだからね。空に魚はいないしさ」

「いるさ! 見てろ」

 そう言うが早いかヒネクロは、矢のように川に飛びこんで、ドジョウを川底からつまみ上げると、空高く舞い上がって空中に投げたのでした。

「ほら! 空に魚だ!」

 カワウは羽をばたばたさせて、水をびちゃびちゃ蹴って、ようやく空に飛び上がると、もうドジョウは川に落ちて逃げていくところでした。

「のろまなカワウ!」

「ぼくがカラスだったら、きみみたいにできるさ。ぼくはカワウだからね」

「カワウなんてつまらないな。カワウじゃなくてよかったよ!」

「そりゃあよかったねえ。でも、ぼくはカワウでよかったよ。ぼくにはたくさん食べられる胃ぶくろがあるからねえ」

 そう言ってカワウがごろごろ笑っていると、どういうわけかヒネクロも笑えてくるのでした。

「魚に生まれなくてよかったぜ!」

 そう言い残して、ヒネクロは飛び去っていきました。

 

 

 カラスってのはかしこいな、そしてへんてこだな、とカワウが川岸で羽根を乾かしていると、カモメとコサギとトンビがそろってやって来ました。

「やあ、やあ。みなさんおそろいで。おんにちは」

「おんにちはだって? きみまでぼくらをバカにするのかい、ヒネクロみたいに?」

「いえ、いえ。これはのどにコイのひげがささっているせいなんです」

「まあまあ、細かいことはいいじゃないか」と、トンビがカモメの肩に羽をおいて言いました。「ところで、きみはなぜヒネクロなんかと口をきくんだい?」

 カワウはそんなことを考えたこともなかったので、目をぱちくりさせました。

「あいつはきみのおしりをつつかないのか?」とカモメは言いました。

「おしりですか。いっぺん、つつかれましたよ」

「だろう? あいつはおしりを見るとつつかずにはいられないやつなんだ。なんでそんなやつと口をきくんだい?」

「ちょうどおしりに虫がいてかゆかったんだ、ありがとねえ、って言ったら、ヒネクロ、笑いころげましてね。そんなふうに笑っているのを見ると、怒る気持ちもなくなるんですよ」

「あいつはドングリを落としてくるだろう?」とコサギもききました。

「ドングリですか? いえ、ぼくにはどこからか盗んできた石灰をかけてきましたよ。黒いカワウは白くなれ、ってね。それでぼくはまっ白になりました。白鳥に見えるかい、ってきいたら、そんなずんぐりな白鳥なんかいるわけないって、ヒネクロ、笑いころげましてね。それで…」

「もういい! じゃあ、あいつは歌を……」と言いかけて、トンビは口をつぐみました。カワウが歌わないことを思い出したからです。そのかわりに「さっき、ドジョウを放り投げて、きみをからかっただろう。あいつはそういうことをするやつなんだ。頭にくるよな?」と言いました。

「そうさ! だいたい、ドジョウがかわいそうじゃないか」とコサギが勇んで相槌をうちましたら、みんなはちょっと驚いてコサギを見つめました。ドジョウはコサギの大好物なのです。コサギもそのことにいまさら気づいて、あわてて言い訳をしました。

「食べるより、いじめるほうがずっと悪いんだ」

「ああ、なるほど。それはそうですね、コサギさん。ぼくらは食べなくちゃ生きていけませんからねえ。なるほど、なるほど」とカワウが大きくうなずくと、コサギは得意そうにちょっとダンスをして見せました。コサギのダンスは食事の前の大事な儀式なのです。

「カワウと話していると、わけが分からなくなってくるね。まあいいや、そろそろ日が落ちるからぼくは帰る」

 そう言って、コサギは飛んでいきました。

「まあ、カワウさん、ヒネクロには気をつけてください」と言って、トンビも林のねぐらへ飛んでいきました。

「ぼくはやっぱりヒネクロがきらいだ。ぼくのおしりには虫なんかいないしね」と言い残して、カモメも夕日めがけてシルエットになって飛んでいきました。

 カワウは、カモメさんと夕日の組み合わせは本当に素敵だなあ、と目を細めました。

 

 

「やあ、やあ。ぽんにちは、カワウ」

 ヒネクロのしわがれたこえで目がさめて、カワウはあくびをしてちょっと涙を流しました。もうすっかり昼でした。

「ぽんにちは、ってなんだい。おかしいな」とカワウはごろごろ笑いました。

「昨日さ、町へ行ったんだよ。そしたら、ごみ捨て場にうまそうなダンゴがおいてあるじゃないか。こんなのは人間の罠に決まってる、と思ったんだけど、勝手にくちばしがついばんで、勝手にのどが飲み込んだのさ。案の定、ダンゴの中身はトウガラシのかたまりだったってわけ。のどからチが出たよ!」

 ヒネクロは、のどから火が出たよ、と大袈裟を言ったつもりだったのですが、声がすっかりかすれていたのでちゃんと発音できなかったのです。カワウはあわてました。

「それはたいへん! 梅干しを探してこなくちゃ」

「梅干しって、すっぱいやつだな。あれは人間の食べ物だぜ。だれがのどに梅干しがいいだなんて言ったんだ?」

「カルガモさん」

「あんないつもいちゃいちゃしてるやつらなんか、信用できないね。きみののどはどうやって治すんだい?」

「こんなのは、ほうっておくんですよ。ぼくらカワウはのどもじょうぶなんだ。それにしても、梅干しのあるのは人間の家なんだよねえ。人間は梅干しをとっても大切にしてるんだから、ぼくら鳥にはくれないだろう」

「そう聞くと、無性に梅干しが欲しくなってくるな。どうしたらいい?」

「うん。ここはひとつ、人間と仲のいいカモメさんに相談してみましょうか」

 

 

 カラスとカワウはカモメのところまで飛んでいきました。カモメは川岸の手すりにとまって、釣り人のやって来るのを待っているところでした。

「やあ、ご苦労だな。今日も毒エサをまく人間を待っているのかい?」とヒネクロは声をかけました。

 カモメは羽根を伸ばして、いっしょうけんめいおしりを隠しながら「釣りのおじさんはパンきれを投げてくれるんだ。なんだいその声は、きみこそ毒にあたったんだろう」と言いました。

「バカなカモメ! 人間のつくるパンには、鳥の体にはよくないものがいっぱい混ざって…」と言うヒネクロをさえぎって「その通りなんですよ、カモメさん! カモメさんは人間のことにとてもくわしい。人間って梅を干して食べますね? それがのどにとてもいい、とこうカルガモさんが言うわけです」とカワウは言いました。

「言っておくけれど、ぼくはひねくれカラスのために、やさしい人間の食べ物を盗むなんてごめんだな。カルガモに頼んどくれよ」

「ところがカルガモさんらはいま、生まれたばかりのちびっこたちの世話で忙しいんです」

「じゃあ、カラスが自分で盗めばいいじゃないか」

「ところが、人間というのはカラスをたいへん嫌っていましてねえ。毒をもられたカラスがまたぞろ顔を出すとなると穏やかでないのです。それにぼくは、なにも盗むと決めてかかっているわけではないんですよ。どうしたらいいのかな、と相談しに来たわけなんです」

 カモメはちょっと考えて、それから言いました。

「梅の実なら、どこか公園にでも行けばすぐ手に入るだろうね。あとは乾燥させるザルがいるよ。地面にじかにおくと腐っちゃうからね。ザルを持っているのはトンビさんだ。トンビさんの寝床は人間の捨てた竹ザルなんだよ」

「なるほど。自分でつくればいいってわけだな。ところで、カモメよ。もうきみのおしりはつつかない。だから羽根をもとに戻しな!」としわがれた声で言って、ヒネクロはびゅっと飛んでいきました。

 カワウも「どうもありがとう」とおじぎをして、そのあとにばたばたと続きました。カモメはもじもじと羽を戻して、ヒネクロめ、とつぶやきました。

 

 

 トンビは寝ぐらのある木の上を大きく周りながら、風に乗って気分よく歌を歌っていました。

「やあ、あいかわらず下手な歌だな。おれの美しい声を聞くかい?」とヒネクロは声をかけました。

 トンビは歌をやめて「それなら耳栓がいるな」と顔をしかめて「ますますひどい声になったようだし」と付け足しました。

 ヒネクロがまたなにか余計なことを言い出さないうちに、カワウは声を上げました。

「やあ、やあ! これは、トンビさん。実は、カモメさんからトンビさんがザルを持っていると聞きましてねえ」

 そしてカワウは一から話をしました。

「しかし、ザルがなくなるとね。そのあいだ、寝るところがなくなってしまうよ」とトンビは言いました。

「ザルに代わるものってなんでしょうかね」

「そりゃあやっぱり木の枝と藁だね。本当はそうしたいんだが、集めるのがおっくうでね。いまはザルに葉っぱをのせてるんだ」

「それなら、ぼくらが木の枝と藁を集めてきますよ」とカワウはカラスのおしりをつついて

「さあ、さあ。行きますよ」と言いました。

 ヒネクロは不満そうに、があがあ、と鳴いてみせましたが、仕方なく林のほうへ飛んでいきました。

 そうして丸一日かかって、カワウとカラスはトンビの寝床を新しくつくったのです。

「やあ、素敵だな。ありがとう」と言って、トンビはザルを渡しました。

「助かったぜ。もうきみの歌はじゃましない。好きなだけぴーひょろぴーひょろ歌うがいいさ」と言って、ヒネクロは竹ザルをくわえて飛んでいきました。カワウもぺこんとおじぎをして、そのあとに続きました。

 

 

 次の日、カラスとカワウはザルを中州の丸石の上において、その上に公園から拾ってきた梅の実をおきました。うまい具合に、太陽はさんさんと輝いています。

「どのくらい干すんだい?」とヒネクロは聞きました。

「しわしわになるまでじゃないかな」とカワウは自信なさそうにこたえました。

「だから、しわしわになるにはどのくらいかかるんだい?」

「太陽しだいでしょうねえ」

 二羽が梅を見つめていると、ハエやカナブンがやってきて梅にとまりました。そのたびに、二羽はかわるがわるあっちへいけと追い払いました。太陽の光はますます強くなり、二羽はだんだん頭がくらくらしてきました。

「ぼくらは黒いから、よけいに太陽の熱を集めるんだねえ」とカワウは言いました。

「よし、かわりばんこに梅を守ことにしよう。まずはきみからだ!」とヒネクロは思いついたように言って、さっさと木の影に隠れてしまいました。

 ところがそのときには、カワウはもう限界だったのです。暑さのあまりにぱたりと倒れると、そのまま川にとぷんと落ちて流されていきました。

 コサギがいつものように川で優雅なダンスをしていると、川上から大きなカワウがどんぶらこどんぶらこと流れてきました。

「や、これはたいへんだ!」

 コサギはあわてて近づいて、自分の何倍も重いカワウを背中にのせて、木の影まで歩いていきました。するとそこでは、ヒネクロがぐうぐう寝ています。

「ヒネクロ! おい! カワウさんが川を流れてたよ!」

 ヒネクロは飛び起きました。

「つい寝てしまった。コサギよ、カワウは死んだのか?」

 ヒネクロはがらにもなく目に涙がたまってくるのでした。

「だいじょうぶ、生きてるよ。でも、なんだってこんなことになったんだい?」

 ヒネクロがわけを話しますと、コサギは「そんなことなら、ぼくが梅を見張っていてあげよう。ぼくは白いから暑さには強い」と言いました。

 

 

 そうして三日間、コサギは梅を見張り、ヒネクロはコサギの食べ物を獲ってはせっせと運び、そのあいだにカワウの介抱もしたのです。

 三日後に元気になったカワウが起き上がり「あれ? 梅はしわしわになりましたか?」と聞いたところ、カラスとコサギは気まずそうに顔を見合わせました。梅は二日目から降り始めた雨のせいで、全部すっかり腐ってしまったのです。

「でも、ほら。こ、ん、に、ち、は!」とヒネクロは大声で言いました。

「のどは自然に治ったんだ。カワウもコサギも、ありがとう!」

 ありがとう、という言葉を口にしたのは初めてだったから、ヒネクロはどこかうまく言えなかったような気がしてもじもじしました。

「こ、ん、に、ち、は」とカワウも言ってみました。

「おや、ぼくも治ったみたいだな。よかった。これできちんと挨拶ができる。挨拶は大切」と言ってごろごろ笑いました。

 

 

 あとになってヒネクロがカルガモに聞いたところ、梅干しというのは塩につけてから干すのだと言います。

「ずいぶん塩が強いらしくって、梅干しはきっとわれわれ鳥にはよくないんだな」とお父さんカルガモは言いました。

「梅干しよりもハチミツよ」とお母さんカルガモも言いました。

「どっちも、前に食べたことあるぜ」とヒネクロは自慢げに言いました。

「ああ、ごみをあさったんだね。カラスは考えなしになんでも食べるからな」とお父さんカルガモが言い、お母さんカルガモはくわっと吹き出しました。

 なんだと丸いくちばしのくせに、と、ヒネクロは思わず言いそうになりましたが、とんがったくちばしを閉じて、一呼吸おいて、それから「いろんなものを食べるから、黒いのさ。 いろんな色をまぜると黒くなるのと同じなんだねえ」と言いました。

 カルガモの夫婦は顔を見合わせて、不思議そうにしました。いつものヒネクロのようではなかったからです。

 ヒネクロは心の中で、おや、なんだかカワウみたいなことを言ったな、と気づいて、笑いがこみあげてくるのでした。カワウみたいだなんて、かっこ悪いや。でも、カワウみたいだなんて、ちょっとおもしろいな。

 

 

©新貝直人