ピンポンダッシュ

 久しぶりに聞いた玄関のチャイムの音で、六蔵は寝床から重い体を起こした。
 体が重いのと体重が重いのは違うものだ、と六蔵は思った。体重が重くても体が軽いのもいる。相撲取りだ。しかし俺はといえば、体重が重くてさらに体も重い。
 六蔵は病気だった。体が重いのは病が重いからだった。
 来たのは妹の好子ではないだろう。好子はもう二日も訪ねてきていない。よほどひどい風邪なのだろうか。俺の身の回りの世話ばかりして、自分が倒れてしまう。昔からそういう奴なんだ。俺は好子になにをしてやれたわけでもないのに。
 六蔵は手すりをつたって、玄関までようやく歩き着き、来訪者を歓迎するにふさわしい笑みを浮かべた。郵便配達だろうと、集金人だろうと、俺にとってはお客だ。ともかく、俺はまだこの世にいる。そして扉というのは、いつも誰かを待っているもんだ。
 六蔵は扉を開いた。鍵はかけていなかった。いつだってかけていないのだ。光がまぶしく目を刺した。目が慣れてくると、そこには誰もいないのが分かった。六蔵は自分の耳がおかしかったのかと訝った。しかし思い直して、往来へ向けて大きな声で「もし?」と言った。
 返事はなく、路地にはやはり誰の姿もなかった。六蔵はしばらく戸外を右に左に眺めていたが、やがて扉を閉めた。玄関はすぐにまた薄暗い空間に戻った。六蔵は耳鳴りを覚えた。寝床へ戻るため体を回そうとした。体は回らなかった。自分の履いているサンダルの踵を、もう一方の足が踏んでいたのだ。六蔵はよろけて、靴箱に頭を打ちつけて倒れた。

 路地の曲がり角では小学生の三人組が腹をかかえて笑っていた。
「もし?」
 一人が六蔵を真似て、三人はさらに笑った。
「ピンポンダッシュ最高!」と一人が言うと「出てきた爺もこれまた最高!」と別の一人が返した。

 痛みはやがて奇妙なほどひいた。六蔵は動かなかった。玄関に横たわったまま夜を迎え、翌朝を迎えた。その日のうちに妹が亡くなった。その知らせを六蔵が聞くこともなかった。

©新貝直人