段ボールの家

 雨の音じゃないぞ、とホームレスの男は目を覚ました。
 彼の家は、段ボールで作ってある。段ボールは軽く、丈夫だが、雨ざらしにできるわけではない。家を置くのに、雨がかかるような場所を選んではいない。
 ちくしょう、酔っぱらいが屋根に小便をかけてやがるんだ、と男は腹を立てた。
 ホームレスを嫌う人間は少なくない。危害を与えてくる人間もいる。男は世間を憎んでいた。
 小便がおさまったら、屋根を跳ね上げて、ぶん殴ってやろうか、と男は考えた。
 しかし男は、自分がそうしないことを知っていた。権力に殴り返されることを恐れていたのだ。
 こんなときこそ、狸寝入りをきめるってのがいいんだ、と男は強引に目を閉じた。
 なあに、段ボールの家なんぞ惜しくない。また、いくらでも作れるんだから。こいつは酔っぱらいにくれてやろう、と男は思った。
 その音が、雨の音でもなく、小便の音でもないと気づいたのは、不意に屋根に穴が空いて、そこからガード下の煤まみれの暗い天井を見たときだった。
 穴を空けたのは炎で、小便だと思ったのはライターのオイルだったのだ。
 男があわてて飛び出したときには、段ボールの半分がすでに炎となっていた。
 男はざっと体の回りを調べた。火の粉がかからなかったのが不思議な気がした。ともかく自分は無事であるらしかった。それから、財布を持ち出していないことに気づいた。財布には、使用期限の切れたクレジットカードと、有効期限の切れた免許証と、小銭数枚が入っていた。どうでもいいようなものに違いないが、それでも男は炎を覗きこんだり、袖をまくった腕を差し入れようとせずにはいられなかった。

 ガード下から外れた闇の向こうで、笑い声が聞こえた。放火に加担したのは、少なくとも三人はいるようだった。そのうちの一人の声が男の耳に届いた。
「だから火をつける前に、段ボールを蹴飛ばせって言っただろ。あいつまで燃えちゃうじゃん!」
 別の声が返答をした。
「あいつごと燃やさなきゃ、意味ないじゃん!」
 それからまた、どっと笑い声が重なり合って響いた。

 男は声のする方を見ないようにと注意した。そして、あたかも偶然に出火したかのように、首をひねったり、炎の周囲を点検したりするふりをした。
「雨が降ってくれればなあ」と男は声に出して言った。

©新貝直人