いじわると猫パンチ

1
「どんなラクダにも生える羽根がある」と、たつみは言う。自由について話したかったのだ。
「じゃあもう、こぶにストローさして、ココナッツミルク飲めなくなるね」と、かすみは答える。
 それで、たつみの自由の話はどこかへ飛んでいってしまう。

2
 殺し屋Tはまだ誰も殺したことがない。殺したことがないのに、殺し屋をやってもいいのだろうか、というのが彼の悩みだ。
 かすみが見かねて「私を殺してもいいよ、お金は払えないけど」と、声をかける。
 殺し屋Tは「ただ働きさせる気か!」とむくれて、銀球鉄砲の掃除をはじめる。

3
「人間が発明したもの」と言って、かすみは指おり数えはじめる。「ビスケット、孫の手、靴下、タイヤ、塩キャラメル…どれが嫌い?」ときかれて、たつみは「塩キャラメル!」と即答する。キャラメルに塩はいらないと思うから。
「私はタイヤ!」とかすみは言う。「半分埋まったりして、自意識過剰じゃないかな」

4
 また、ピエロだ! これで今日三人目だ。やっぱりパントマイムをするかな、とたつみは不安になる。
 かすみを見かけると、どのピエロも必ず空中から空想の花をつんで、花束にしてわたしてみせるのだ。それをかかえて歩くのがたつみの役割で、本物の花束を持っているよりもずっと恥ずかしい。

5
 コーラを買ったつもりだった。けれど、自販機からはコルク栓つきの瓶が出てきた。しかも中身は飲み物ではなく、宝くじ券が一枚入っているのだ。たつみとかすみはあわてて新聞をのぞきこみ、当選番号を探す。券は外れだった。たつみは余計にのどが渇いたけれど、かすみは満足げだ。

6
 かすみのおじいちゃんが亡くなった。彼は元新聞記者で、かすみにいつもうそニュースを語っては喜ばせた。
『動物園でゾウさんの鼻が盗まれました。犯人は分かっていませんが、昨日から長さが倍になっているヘビさんが、飼育員から事情をきかれています』というふうに。
 かすみのお気に入りのその話を聞いても、たつみは笑えなかったから、かすみは泣きやめられない。

7
「大人が恐いものばっかり造るのは、弱虫だから」と、かすみは言う。「一人で死ぬのが恐いから、みんなで死んじゃおうってわけ」
「無理心中?」
「そう。手が長い人ほどたくさんの人を抱えて、世界から飛び降りるの」そう言って、かすみが広げた手の中に入りたいと、たつみは思った。

8
『死んだ男が神にききました。ここには何もない、天国はどこですか。神は答えました。お前のいた大地〈パルデス〉こそ天国ではないか。せっかく天国〈パラダイス〉 を与えたのに、お前たちは壊してばかりいた』 
「このお話の教訓は? 」と、たつみがきく。
 かすみは「神様は管理人じゃないってこと」と答える。

9
「お化粧がしてみたいな」と、かすみが言い出したから、たつみは大反対だ。
「イルカはつけまつげとかしないし、フランソワ・ルトンも口紅をつけない!」
 かすみは、たつみの反対にはいつも反対したい。でも、それよりも気になることがあった。
「フランソワって誰? 女優?」
「猿!」と、たつみは自信満々で答える。

10
「今朝、しっぽのない野良猫を見た」 何気なく、たつみがそう話すと、思いがけず、かすみは泣き出してしまう。
 昨夜から、あるはずのものがなくなった自分を想像してばかりいたのだ。泣いているかすみは、笑っているよりも不器量で、たつみはやさしい気持ちになれる。

11
 かすみはヒキガエルのことをヒカレガエルと言う。轢かれてばかりいるからだ。ヒカレガエルを発見すると、かすみはチョークを取り出して、そのぐるりに輪郭線を描く。そうすることが供養だと思っているのだ。そして短くお祈りしてから、墓掘り人夫のたつみを呼びに駆け出す。

12
 かすみが血液型をきいてきたので、たつみは「どうだっていいじゃんそんなの型」と答える。
 親戚のお兄ちゃんがそう言っていたのがお気に入りなのだ。
 けれど、いつまでたってもかすみがふくれているので「じゃあ、かすみは?」ときき返すと「教えてくれたっていいじゃんけち型」と言う。

13
「3個アメあげる。で、2個ビスケットもらう」とたつみは言う。
「2個アメ返す。で、2個ビスケットもらう」とかすみは言う。
「僕のほうが豊かだ」
「何で?」
「僕は3-2=1、かすみは2-2=0。与える人ほど豊かなんだって」
 かすみはちょっと悔しいけれど、でもラッキー、と思う。

14
「透明人間になりたい」と、かすみが言い出すから、たつみはどぎまぎする。
「それで、どうするの?」
「悪い大人をどんどん殺しちゃうの。たつみだったら?」ときき返されて、たつみは、透明人間の前にうそつきにならなくちゃいけない、と思った。

15
 昔、かすみはおじいちゃんにきいた。
「どうしたら人は大人になれるの?」
「大人になれない人もいるよ。フランケンシュタインの戸惑いや、キングコングの優しさを忘れない人は、大人にはなれない」
 それを聞いてたつみは、怪物を心に飼えばいいんだな、と思う。ところで餌は何がいいんだろう?

16
「正義の味方のお嫁さんにだけはなりたくない」と、かすみは言う。
「何で?」
「悪とたたかうから、悪につけねらわれるし、貧しい人にお金をあげちゃうから超貧乏」
 かすみは悪ぶっているだけだ、とたつみは思いつつも、背中に隠しているマントを見せられない。

17
 公園に凧揚げおじさんがいて、かすみは興味津々で、逆にたつみは警戒している。
 かすみが見ているだけでは我慢できなくなって「私にもやらせて!」と声をかけたとき、凧揚げおじさんは「いやだ!」と即答したから、たつみはおじさんを少しだけ信用してもいい、と思う。

18
「明日世界が終わるなら、アップルパイもきっとおいしくない」と、かすみは言う。
「明日世界は終わらないよ!」と、たつみは反論する「だからアップルパイはおいしい」と。
「たつみ、やさしいね。1個あげる」と、大嫌いなアップルパイを手渡されてたつみは、世界終われ、と思う。

19
 雨が続くと、かすみはアップルパイのやけ食いをする。それにたつみはつき合わされる。でもたつみは、火を通したりんごが大嫌いだから、ひたすらラムネを飲む。
「あぶくになって消えちゃうよ」と、かすみが言う。
 その理屈で言えば、かすみは何かとんでもないものになる、とたつみは思う。

20
 踏切をわたりながら、たつみはかすみがころばないかな、と期待する。そこへ電車がやってきて、間一髪かすみを救出するのだ。
 さっきから、そんなふうに何度も空想でかすみをピンチにしている。
「何にやにやしてるのー」と気味悪がられて、たつみは、そんな口をきけるのも今のうちさ、と思う。

21
 布団の中でたつみはまだ眠たかった。ぼんやりした頭で、昨日かすみが話していたことを思い出す。
「鉛筆も消しゴムも使うと減るでしょ。魂も同じなんだよ」
 あまり使い過ぎないようにしなくちゃ、魂、とたつみはもう一度布団にもぐり込む。
 それで、かすみは玄関で待ちぼうけ。

22
 かすみが受けそこねたサッカーボールを、正確にたつみの胸へ蹴り返したのは白髪のおじいさんだった。
 たつみは胸トラップするのも忘れて、思わず両手でボールをつかんだ。
「ハンドだ」と、おじいさんはウインクして立ち去った。
「すごいカーヴだった」と、たつみが感動してると、かすみは「そして、ハンド」と言う。

23
 かすみが犬を飼い始めた。犬はたつみの憧れだ。
「リード、僕も持ちたい」
「だめ!」
「じゃあ、散歩についてくだけ」
「いいけど、うんち拾うなら」
 それでたつみはビニール袋を手に、張り切っておともをする。犬がなかなかそれらしいそぶりを見せないので「帰るまでにうんちしますように」と祈る。

24
「人間の心には闇がある」と、たつみは言う。テレビでそんなことを聞きかじったのだ。
 かすみは「そんなのうそに決まってる」と反論する。
「じゃあ、人間の心の奥には何があるの?」
「隠しごと」と、かすみは答える。
 せっかくの闇が若干明るくなったような気がして、たつみは不満だ。

25
 たつみは絵の授業でふざけて、黒い丸を画用紙全面に描き『ガンさいぼう』と題名をつけた。
 級友たちは笑ったが、かすみは笑わない。
 翌日、たつみの絵には丸く切り抜かれた紙が貼られていて、真っ白になっていた。そしてかすみの筆跡で「はっけっきゅう」と題名も訂正されている。

26
 長靴を買った翌日は晴れだったけれど、かすみは長靴をはいて登校する。
「晴れてるのにバカみたい」と、たつみがからかうと「夕方には雨になる!」と言い返す。
 そして、その通りになった。
「ほらね?」と、かすみは鼻高々だけれど、傘をもってなくてずぶ濡れなので説得力がない。

27
 かすみがカラスに突つかれた翌日が、彼女の誕生日だった。それでたつみは、首吊りカラス人形をプレゼントする。
「首の紐を引っぱってみて!」
 すると人形は「カァ」と鳴く。
「こんなのいらない」
「何で?」
「あんまり苦しそうじゃないないから」と、かすみの目が暗く光る。

28
 たつみが下校しながら蹴飛ばしていた小石が、足元に当たって、かすみはよろける。
「そういう子供みたいなことやめてよね!」
「わざとじゃないよ」と、しょげるたつみに背を向け、かすみは心の中で、おかげで横断歩道の白線から落ちちゃったじゃない、と怒っている。

29
 夏祭でガイコツが踊るのを、かすみは楽しみにしている。
「あんなの、ガイコツ模様の黒いピチピチ服を着た人間が踊ってるだけじゃん」と、たつみは笑う。
「ちがうよ! ガイコツが人間の肉体と黒いピチピチ服を重ね着して踊ってるの!」と、かすみはむきになる「嘘だと思うんなら、解剖してみれば?」

30
 虹を見ながらたつみは「虹に登ってみたいな」と言う。
「カッターナイフみたいに薄っぺらいんだよ?」とかすみは答える「真下にいる人は見上げても気づかないくらい」
「じゃあ足を滑らしたら…」
「真っ二つ!」
「虹って残酷だな」
「綺麗だから仕方ないよ」と、かすみはなぜだか誇らしげ。

31
 おつかいに行かされ、たつみは八百屋で長ねぎを一本買い、包みのない裸のままで持って歩いている。
 恥ずかしくて死にそうだ、と思う。
 そのとき、長ねぎのお尻が誰かにつかまれた。
 振り返るとかすみがいて、一緒にねぎを持っている。そうして、長ねぎの重さとたつみの恥ずかしさは半分になる。

32
 スーツケースが道路に落ちていた。開けると、大きなオナモミのような、トゲのあるゴム状のかたまりがたくさん詰まっている。
 たつみとかすみが顔を見合わせていると、裕福そうな男がやってきて「それは私の鞄だよ。中身は私が買った、人の心だ」と自慢げに話す。
「人の心ってハート型じゃないんだ」と、たつみが言う。
「買われた心だからね」と、かすみは答える。

33
 かすみは『弁護士になりたい』と作文に書いて先生に褒められた。
 たつみは『なりたいものがない』と書き「じゃあ好きなことは?」ときかれ「プールでぷかぷか浮くこと」と答えて怒られた。
「大人って、子供に本当のことを言われると、真夜中に屋根に上って泣くんだよ?」と、かすみはさとす。

34
『天の川の上流には、天の山があります。山頂でこおっていた星が、春になるとだんだんとけはじめます。夏になるころには、空一面に流れてくるのです』
 かすみの作文を読んで、たつみは「星を見に行こう!」と言う。
「でも天の山とか、うそなんだよ?」
「うそと星は仲良し!」と、たつみは胸を張る。

35
 何かの拍子に心臓が高鳴ると、たつみはこのまま死んじゃうんじゃないか、と思う。
 死なないために胸を押さえていると、かすみも同じことをしている。
「何してるの?」
「真似っこ」
「面白い?」
「あんまり面白くないけど、落ち着く」
 二人でそうしている間に、たつみの心臓も落ち着いてくる。

36
 かすみがおならをした。
 横目で見ると、口のまわりを膨らませて、そこから空気がもれたみたいなふりをしている。
 そんなこと気にするなよ、と声をかける代わりに、たつみは自分でも大きなおならをぶっとしてみせる。
「くさいじゃん!」と、かすみは怒る。

37
 かすみが髪型を変えたので、たつみは落ち着かない。ふだんどおりの自分のがみずぼらしく思えてくる。新しい髪をくしゃくしゃにしてやろうと、思わず手を伸ばす。かすみはお見通しという顔をして、するりと逃げ去った。そのときから、たつみは孤独と顔見知りである。

38
「幽霊なんていないよね」と、たつみは言う。
「いないわりにはよく見かけるけど」と、かすみは答える。
「うそつき!」
「うそじゃないよ…あ、たつみ。今ね、後ろを見ないほうがいいよ」
 それから、おもむろにたつみの腕をとって「ほらね。幽霊がいないなら、何で鳥肌が立ってるの?」

39
「夜中に合わせ鏡をしちゃだめだよ」と、かすみは言う。
「何で?」
「自分そっくりな他人が一人混ざってて、その人だけ違う方を向いてるから」
 たつみは「面白いじゃん」と強がりを言う。
「でも最悪、その人が笑うことがあるんだって」
 それでたつみはもうトイレにも行けない。

40
「クマが三回おならをしたよ、プーさん、プーさん、プーさん」と、たつみが歌っている。
「バカみたい!」と、かすみは怒って帰った。
 その夜、家でお父さん孝行しようと、かすみは肩たたきをしはじめる。そして、童謡の出だしの「とうさんお肩を」をつい「プーさんおならを」と間違えて、クマみたいなお父さんにぎゅっとハグされる。

41
 大きくなったら扇風機になりたい、とたつみは思う。首を左右に振っているだけで、みんなが集まってきて笑ってくれる。夏以外は押入れの中で寝ていられる。
「かすみは何になりたい?」ときくと「ゆかた!」と答える。
 あとはかき氷になりたいやつだな、とたつみは考える。

42
「ルビーの指輪を持ってる」と、かすみは言う。
「うそばっか」と、たつみは笑う。
「うそじゃない!」
「じゃあ見せて」
 かすみは見せられない。夜、消灯してから、片目をつむり、窓の外の高層ビルで明滅する赤いランプがちょうど指の上にくるようにするとできる指輪だから。

43
 かすみは鉄棒が得意だ。
「鉄棒でくるくる回るなよ」と、たつみは言う。
「何で?」とかすみにきかれて、パンツが見えるから、とはまさか言えない。たつみはうそをつくのが嫌いだ。うそではないうそをつかなければならない。
 それでとっさに「目が回るから」と答える。

44
 かすみは「おにぎり」と言う。
 たつみは「おむすび」と言う。
 かすみは「にぎにぎという音を立てて作るから、おにぎり」
 たつみは「おむおむという音を立てて食べるから、おむすび」とゆずらない。
 かすみは「ためしに握ってごらん」と言う。
 たつみは「ためしに食べてごらん」と言う。

45
 同じ場所にいるのに、蚊に刺されるのはかすみばかり。
「甘いもの食べ過ぎ」と、たつみは言う。
「蚊は甘党じゃないよ。ビールを飲むと、絶対お父さん刺されるもん」
「じゃあ何で、僕は刺されないの?」と、たつみは日によく焼けた細い腕や脚を見せびらかす。
「さあね。蚊だからじゃない?」

46
『さいみんじゅつしが地球に「あなたはだんだん暑くなる」と言ったから』
  地球温暖化の原因についての、たつみの答案には巨大なバツが打ってあった。
「勉強の才能がないね」と、かすみは言う。
「面白ければいいじゃん!」と、たつみは反論する。
「でも、すべったからバツなんじゃないの?」

47
「花火は大きいほうがいい」と、たつみは言う。
「花火は小さいほうがいい」と、かすみは反論する。
「四尺玉!」
「線香花火!」
「線香花火を見るなら顕微鏡がいるね」
「四尺玉が上がるなら防空壕がいるよ」
 両者ともゆずらず、花火がはじまる前に火花を散らす。

48
「自分らしく生きることが大切」と、先生が言い、かすみは「自分探しをします」と答えて褒められた。
 たつみは「他人の誰かみたいに生きちゃいけないんですか?」ときいて怒られた。
「大人って、子供に正論を言われると、真夜中に屋根に上って泣くんだよ?」と、かすみは呆れる。

49
 たつみが好きな泳ぎ方は、スクリュー泳ぎで、ドリルのように体を回転させながら泳ぐ。もちろんこれは、たつみの発明である。
「息つぎがうまくできないのが、課題だな」と、たつみは専門家ぶって言う。
「それよりも」と、かすみは言う「溺れているようにしか見えないのが問題」

50
『流しそうめんで流しているのはそうめんではなく、すいか割りで割っているのはすいかではありません。合理性という、退屈なものをそうしているのです』
 かすみの大人びた作文を読んで、たつみは焦る。
 合理性って何だろう。
「どう?」と、感想をきかれて「いいんじゃない、重力のところとか」と答える。

51
 ひと漕ぎで20メートルは進んだはずなのに、実際には元の場所に戻っただけ。だから、たつみはブランコが嫌いだ。
「つまんない」と言うたつみの手をとって、かすみは手のひらを嗅ぐ。
「でも、鉄くさくなったよ」と言って笑う。
 くさいものはたいてい面白い。だからつられて、たつみも笑う。

52
 ふとしたことからけんかになって「うるさいバカ!」と、たつみが言う。
 かすみは涼しい顔で「せっかく汚い言葉を口は閉じてやっつけていたのに、台無し」と言う「これで『汚い言葉 vs 口』は1勝9敗」
 何だそれ、と思いつつも、たつみは全勝できなかったくちびるを噛んでいる。

53
「鮭みたいに大人になったら世界を旅する」と、かすみは言う。
「鮭ってそんなことしてるの?」と、たつみは訊く。
「川で生まれ、海を旅して、川に帰ってくるんだよ」
「変な鮭」
「たつみはずっと川にいるんだね」
 そう言われるとなんだか悔しくて「隣の川までは行く!」と言う。

54
「幽霊のおならってすっごくくさいんだよ」と、たつみは言う。
「食べないのにおならしないよ」と、かすみは答える。
「だって仏壇に食べ物置くじゃん」
「減ってるの見たことある?」
「けど、お母さんは『幽霊が』って…」
 それでかすみは事情を察し「でも、幽霊もたまにはおならするかも」と言う。

55
「影踏みしようか」と、たつみは言う。
「影の気持ち、全然分かってない」と、かすみは怒る「影は、太陽が恐くて人に隠れてるんだよ。踏まれるのをよけてたら、太陽に見つかっちゃうじゃん」
 たつみは弱虫の影が気に入らなくて、陰でこっそり影のおしりを蹴っ飛ばす。

56
 お母さんが風邪をひくたびに、たつみはカレーを作る。カレーしか作れないからだ。
 そう聞いて、かすみは「お粥を作らないと!」と言う「今度、作り方教えてあげる」
「でもさ…」それじゃあ僕がおいしくない、という言葉を、たつみは飲み込む。

57
 たつみは台風が好きだし、雷も好きだ。
「それで死んじゃう人もいるんだよ」と、かすみは言う。
「でも、だから嫌い、って言うとうそになる。うそをつけば、死んじゃった人は喜ぶ?」と、たつみはきく。
 かすみは言い負かされたくない一心で「お盆に踊っちゃうくらい喜ぶんだから!」と口走る。

58
「空って、どこからが空なの?」と、たつみはきく。
「雲から上が空」と、かすみは答える。
「じゃあ、あの雲の下を飛んでるカラスはどこにいるわけ?」
「まちがえた。頭より上が空」
「じゃあ」と言って、たつみはジャンプする「いま僕、空をヘディングした?」
 それでもう、かすみは口をきかない。

59
 たつみは学校に筆箱を二つ持って行く。一つには文具が、もう一つにはセミのぬけがらが詰まっている。
「何でぬけがら集めてるの?」と、かすみはきく。
「かっこいいから」と、たつみは答える。
「くしゃくしゃ、ってしたくならない?」
「なるけど我慢」
「ちぇっ」と言って、かすみは自分用のぬけがらを探しに行く。

60
 公園の裏手はコンクリートの壁になっていて、苔が一面に生えている。かすみはその場所が好きで、背をあずけて物思いにふける。
「苔に覆われちゃうよ」と、たつみは言う。
「いいもん、苔大好きだから」
 たつみは、かすみが苔人間になったら、毎日霧吹きで水をあげなくちゃ、と思う。

61
「だるまさんがころんだ、って10文字なんだよ」と、たつみは言う。
「だれだって知ってるよ」と、かすみは答える。
「算数だったなんて…」
「別に算数じゃないけど」
「俳句だと思ってた」
「俳句は五、七、五だよ」
「じゃあ何なの?」
「油断大敵、って教訓」

62
「物質に心がないって本当かな」と、たつみは言う「だって、磁石は逃げる方とくっつく方があるじゃん。それって心じゃないの?」
 物質に心があるっていうより、心に磁石があるみたい、と、かすみはあずきバーを見つめながら思う。

63
『カモみたいに、すずしい顔をして見えないところで努力する人になりたい』と、かすみは作文に書いて褒められた。
『あんまり泳がないけど、みんなからエサをもらえるカモになりたい』と、たつみは書いて怒られた。
「大人の願望みたいなこと書いちゃだめじゃん」と、かすみはたつみをたしなめる。

64
 大人の男の人は、髪の毛が下向きに伸びるようになるから、頭がハゲてヒゲが生える、とたつみは考えている。「だから、逆立ちすればみんなハゲ治るよ」と言う。
「治さなくていいよ、ハゲ好きだから」と、かすみは答える。
 その夜、かすみは湯上りのお父さんに「逆立ちが健康にいいらしいよ」と小声で伝える。

 

 

 保育園のころ、指で「バン!」と撃ったら苦しんで倒れたので、かすみはたつみを面白い子だと思った。
 そのときに、「うーん」ともがいている自分から水鉄砲をうばい、園庭のすみまで駆けていってアリの巣穴を攻撃し始めたから、たつみはかすみを面白い子だと思った。

 

 

 かすみの名前は巽かすみ。たつみの名前は霞たつみ。二人の母親は幼なじみで、同じ年に結婚し、同じ年に出産した。赤ちゃんの名を親友の姓にする、というのは冗談だったけれど、本当になった。かすみはたつみを弟だと思っていて、たつみはかすみを妹だと思っていて、周りは姉弟だと信じている。

 

 

 かすみはお母さんという言葉から、たつみのお母さんを想像する。たつみはお父さんという言葉から、かすみのお父さんを想像する。お母さんのいないかすみは、たつみのお母さんを盗みたいと思い、お父さんのいないたつみは、かすみのお父さんにパンチしたいと思う。

 

 

65
「死ぬってどういうこと?」
「氷がとけて水にもどること」
「じゃあ、生まれるのは?」
「水が固まって氷になること」
「ぼくのお父さんは水なんだ」
「わたしのお母さんも水だよ」
「氷になったら、弟になるのかな」
「氷になって、妹になるんだ」
「…あ、雨だ」
「走ろう!」
「じゃあね!」
「バイバイ!」

 

©新貝直人